ひまわりのようにありたいと願うmi-ya86のダメ日記(!?)
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テニプリって、
私にとっては、一番長くお付き合いさせてもらった作品ですね。
学生だった期間のほぼ半分。
金欠だった昔の私(今もだけどね/笑)には、ちょっとした自分ルールがありまして。
「マンガは、全巻集める自信のあるモノしか買わない」というの。
興味ある作品は数多あったのですが、全て手を出していたら色んな意味でキリがない。
だから、厳選しよう と思ったんです。
その数少ないヤツに選ばれたのがテニプリでした。
全巻持ってる作品は何点かあるんですが、テニプリがダントツで冊数多いです。
前々から言ってますけど、連載始まった時はリョーマくんと同い年で、
昔は青学レギュラー(主に3年)は「先輩」付けて呼んでたのに、
いつの間にか私だけ大人になっていて、でも紙の向こうの世界は数ヶ月しか経っていなくて、
高校生の時は誰もが読んでいたのに、今では継続して読んでるのは私だけになっちゃったし、
テニプリ関連で交流をさせて頂いてる人も、いつの間にか入れ替わっていて、
いろんな変化の不思議を感じながら、とうとうお話が終わってしまいました。
何でこんなに長いこと追いかけていられたんだろう。
そう考えた時に、まず思いつくのは、やはり氷帝学園の存在が大きくて(笑)。
今でこそ立海立海王者の掟負けてはならぬと連呼してますけど(ぇ)、
立海にハマる前は、べ様を始めとしたホスト集団(違)が大好きすぎて死にそうでした。
彼らがテニプリを盛り上げた と言っても過言ではないでしょうね。きっと。
それと、あらゆるメディアミックスも原因の一つではないかと。
アニメ化に始まり、ゲーム→CD→小説→ラジオ→映画→ミュージカル→実写映画→海外ドラマ→OVA などなど…。
多分、テニプリでやってないメディアは無いんじゃない? 国内のドラマ化ぐらい?
私の中では、ターニングポイントになったのはやはり「学プリ」で(爆)、
上に書いた通り、私の中でテニプリは「全巻集める対象」だったんですけど、
氷帝戦が終わった事で燃え尽き症候群っぽくなって、更にアニメが原作を追い越してしまってアニメ放送がおかしな方向に走り始め、肝心要の原作も話の流れがどんどん変になっていってて、
2~3年前は完全にテニプリに萎えていました。「もう…追いかけなくてもいいかな」と。
そしたら学プリが登場し、萎えていたはずなのに買ってしまって(ぉぃ)、
何を間違ったか、完全にノーマークだった立海の仁王くんにハマってしまい…
それが現在の立海フリークへ繋がっています。ホントすいません。(何)
当時の私、赤也とブン太以外に興味なかったのに…。(声優さんの関係で)
不思議だね。人生って何が起こるか分からんね。
おまけに今度はテニミュという存在が転がり込んできて。
ちょうどお芝居が好きな時期だったので、1回観てみたいな~と軽い気持ちでいたら
今、こんなですよ。(“こんな”って…)
第二次氷帝戦は、観に行くかはまだ検討中ですが、四天宝寺は絶対行きたい。
会社休んででも行きます。遠征してでも行きます。1人だろうが行きます。
行くまで死ねない。(ぇ)
テニプリはいつでも、形を変えながら、毎日私のそばにあった、何か不思議な作品。
大げさでも何でもなく、青春時代の一部でした。
42巻の発売は、私にとって、一つの時代の終焉。
言葉にならない複雑な心境です。
テニプリという作品自体は、まだOVAもミュージカルも残ってるし、昔のアニメの再放送もやってるし、まだ2~3年は大丈夫だと思うんですが、それでもやっぱり「終わりの始まり」を感じずにはいられない。
これから少しずつ、テニプリという作品がフェードアウトしていくんだろうな…。
全てのリリースが終わった時、私はこれからどう生きてけばいいんだろう?
考えるとちょっと恐ろしい。。。(苦笑)
それだけ私はテニプリに依存して生きてたんだね…ぉぉぉぉぉ恐ろしい。。。
許斐先生、長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
学生だった期間のほぼ半分。
金欠だった昔の私(今もだけどね/笑)には、ちょっとした自分ルールがありまして。
「マンガは、全巻集める自信のあるモノしか買わない」というの。
興味ある作品は数多あったのですが、全て手を出していたら色んな意味でキリがない。
だから、厳選しよう と思ったんです。
その数少ないヤツに選ばれたのがテニプリでした。
全巻持ってる作品は何点かあるんですが、テニプリがダントツで冊数多いです。
前々から言ってますけど、連載始まった時はリョーマくんと同い年で、
昔は青学レギュラー(主に3年)は「先輩」付けて呼んでたのに、
いつの間にか私だけ大人になっていて、でも紙の向こうの世界は数ヶ月しか経っていなくて、
高校生の時は誰もが読んでいたのに、今では継続して読んでるのは私だけになっちゃったし、
テニプリ関連で交流をさせて頂いてる人も、いつの間にか入れ替わっていて、
いろんな変化の不思議を感じながら、とうとうお話が終わってしまいました。
何でこんなに長いこと追いかけていられたんだろう。
そう考えた時に、まず思いつくのは、やはり氷帝学園の存在が大きくて(笑)。
今でこそ立海立海王者の掟負けてはならぬと連呼してますけど(ぇ)、
立海にハマる前は、べ様を始めとしたホスト集団(違)が大好きすぎて死にそうでした。
彼らがテニプリを盛り上げた と言っても過言ではないでしょうね。きっと。
それと、あらゆるメディアミックスも原因の一つではないかと。
アニメ化に始まり、ゲーム→CD→小説→ラジオ→映画→ミュージカル→実写映画→海外ドラマ→OVA などなど…。
多分、テニプリでやってないメディアは無いんじゃない? 国内のドラマ化ぐらい?
私の中では、ターニングポイントになったのはやはり「学プリ」で(爆)、
上に書いた通り、私の中でテニプリは「全巻集める対象」だったんですけど、
氷帝戦が終わった事で燃え尽き症候群っぽくなって、更にアニメが原作を追い越してしまってアニメ放送がおかしな方向に走り始め、肝心要の原作も話の流れがどんどん変になっていってて、
2~3年前は完全にテニプリに萎えていました。「もう…追いかけなくてもいいかな」と。
そしたら学プリが登場し、萎えていたはずなのに買ってしまって(ぉぃ)、
何を間違ったか、完全にノーマークだった立海の仁王くんにハマってしまい…
それが現在の立海フリークへ繋がっています。ホントすいません。(何)
当時の私、赤也とブン太以外に興味なかったのに…。(声優さんの関係で)
不思議だね。人生って何が起こるか分からんね。
おまけに今度はテニミュという存在が転がり込んできて。
ちょうどお芝居が好きな時期だったので、1回観てみたいな~と軽い気持ちでいたら
今、こんなですよ。(“こんな”って…)
第二次氷帝戦は、観に行くかはまだ検討中ですが、四天宝寺は絶対行きたい。
会社休んででも行きます。遠征してでも行きます。1人だろうが行きます。
行くまで死ねない。(ぇ)
テニプリはいつでも、形を変えながら、毎日私のそばにあった、何か不思議な作品。
大げさでも何でもなく、青春時代の一部でした。
42巻の発売は、私にとって、一つの時代の終焉。
言葉にならない複雑な心境です。
テニプリという作品自体は、まだOVAもミュージカルも残ってるし、昔のアニメの再放送もやってるし、まだ2~3年は大丈夫だと思うんですが、それでもやっぱり「終わりの始まり」を感じずにはいられない。
これから少しずつ、テニプリという作品がフェードアウトしていくんだろうな…。
全てのリリースが終わった時、私はこれからどう生きてけばいいんだろう?
考えるとちょっと恐ろしい。。。(苦笑)
それだけ私はテニプリに依存して生きてたんだね…ぉぉぉぉぉ恐ろしい。。。
許斐先生、長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
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